読者コメント

1人目

この記事には、はっとさせられました。「罪悪感には中毒性がある」ってまさにそんな気がしてます。
遊びの解放とゲームセンターに連れて行っても、どこか子どもに罪悪感を感じさせるようなこと言ってました。
依存性のようにゲーセンゲーセンという子どもにイライラして、、、
まずは、私のゲームセンターへの罪悪感を本当の意味で無くさないとですね。

本文

今日も、アンケートの回答を紹介します。
 
 それぞれ選んでくれる記事が違うから、
 
 
 
 まずは、この方!
 
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 お気に入り記事(1つ目)
 
 ◆日付:2017年06月06日
 
 ◆タイトル:「子育てで目指すのは、子供のありたい姿を実現すること」
 
 ◆良かった点:・日頃、「こんな風になってくれたらな~」っていう思いが根底にあって、それをもとに子育てしてしまっているのでまさに「親の理想に、子供を近づけていく」子育てになってしまっていて、「子供のありたい姿の実現」というのを読んだ時にはっとしました。
 自分は「私はこういう私でありたい」みたいなことをエラそうに言っているのに、子供のありたい姿なんて考えず、子供には「親のこんな子供であってほしい」を押し付けていたんだな~と深く考えさせられた内容でした。
 
 
 
 お気に入り記事(2つ目)
 
 ◆日付:2017年06月17日
 
 ◆タイトル:「親にとって都合の悪いものを避けるのではなく、子供にとって都合の良いものを与える」
 
 ◆良かった点:・ちょうどこのメルマガを読んだ翌日ぐらいに小麦や砂糖は毒!そんなものうちでは子供に食べさせてません!って人が”子供にお菓子を与える大人”のことを野良猫やハトにエサをやる奴と同類で”無責任”!許せん!うちの子を殺す気かっ!みたいな内容の記事を鼻息荒くFacebookに投稿されていて、それを偶然読んでしまい、「あ~佐伯さんのメルマガこの人に読ませてあげたいわ~」って思ったのでとても印象に残っている記事なんです^^
 そしてこの記事の「子どもにとっての選択肢を増やし、子どもが自分の意志で、自分に必要なものを選択できる環境を整えてやる。それが『親の役目』ではないかと、僕は思っています。」というところにとても共感いたしました。
 
 
 
 お気に入り記事(3つ目)
 
 ◆日付:2017年06月26日
 
 ◆タイトル:「子どもの困難を課題に変えてくれる存在」
 
 ◆良かった点:・個人的にはこの記事のかばん屋さんのおねーさんとそのおばあちゃんのお話が好きです。
 幸いにも息子は「ないものは自分で作ってみる」っていう発想ができる人なのでそこは大事にしてあげたいな~と思ったし、この記事の最後に書かれていた『子どもの声に耳を傾けて、何がしたいのか。何ができて、何ができないのか。そこを理解する』ってことをきちんとやっていこうって思いました。
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 この2つ目の記事。
 
 ベルギーから帰ってきた時に学んだことについて書いたものですね。
 
 
 
 親が子どもの健康を気にするのは、ごくごく自然なことだと思います。
 
 でもでも、親が健康を気にすることで、
 
 ・親子関係が険悪なムードに
 
 ・夫婦関係も険悪なムードに
 
 なってしまうケースも時々見かけるなぁ、って思うんです。
 
 
 
 夫婦関係で言えば、よく見かけるのは、女性の方が男性に対して
 
 「ちょっと!せっかく小麦とか、砂糖とか摂らせないようにしているのに、なんであげちゃうの!?
 
 まったく、ほんとにあなたは子どもの身体のことを考えていないんだから・・・ぶつぶつ」
 
 っていうケース。
 
 
 
 僕は、栄養学や、生理学の専門家ではないので、詳しいことはよく分かりませんが、
 
 「これを食べなさい!」
 
 「これは食べてはダメ!」
 
 ってやるとたしかに健康は守れるのかもしれないけれど、それは結局、子どもが自分の意志では守れないままだし、子どもが何も理解しないまま言われるまま、食べたり、食べなかったりしているだけ。
 
 
 
 しかも、それだときっと、親のいないところで、禁止されている食べ物を食べているでしょう。
 
 さらに、小学生とか、中学生とかになれば、今まで禁止されていた分、欲望が大暴走することだって考えられる。
 
 だから、親が子どもが食べようとすることをコントロールしようとするのは、結果的に、子どものためにはならないのではないか、って思うんです。
 
 
 
 やっぱりここも、「子どものため」っていう正義を掲げながら、その実、「親のやりたいことを叶えるため」だったりするんじゃないかな、って思います。
 
 「子どもの健康を守れている私、エライ!」
 
 「子どもの健康を守れなかったら、親の役割を果たせていないようで怖い」
 
 みたいな。
 
 
 
 「砂糖を摂るとイライラしやすくなる」
 
 って言うんですが、子どもよりも、砂糖を摂らせないようしている親の方がイライラしているような気がしてなりません(笑)
 
 
 
 これは僕の価値観であり、ベルギーで学んだことですが、子どもの身体や、味覚を守るのは、
 
 「より多くの味を知っていること」
 
 です。
 
 もちろん、『子どもが』です。
 
 
 
 子ども自身がより多くの味を知っているからこそ、自分の身体で感じとり、自分の意志で選択できるようになる。
 
 これこそが『自立』であり、子育てや、教育でやりたいことじゃないかなぁ、って思います。
 
 
 
 
 
 さて、お次はこの方です。
 
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 お気に入り記事(1つ目)
 
 ◆日付:2017年01月27日
 
 ◆タイトル:「上下関係から横の関係へ移行していこう」
 
 ◆良かった点:いつのまにか子どもを下に見ている自分に気づいて衝撃を受けました。
 子どもを一人の人間として尊重したいと思っていたのに
 全く逆だったと。
 親子は上下関係だと無意識に思い込んでいた自分に気づきました。
 
 
 
 お気に入り記事(2つ目)
 
 ◆日付:2017年04月06日
 
 ◆タイトル:「NGワードは、本来存在しない」
 
 ◆良かった点:NGワードにガチガチに縛られていた自分に気づきました。
 ~べき。とか、~してはいけない。とか
 本当に気付かないうちに自分の中でのNGを増やして
 勝手に苦しくなっているんだなーと思いました。
 
 
 
 お気に入り記事(3つ目)
 
 ◆日付:2017年08月30日
 
 ◆タイトル:「」
 
 ◆良かった点:ごめんなさい!
 どの記事も素敵すぎてお気に入り同率3位で!(´・ω・`)
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 「どの記事も素敵すぎて」
 
 いただきました~、ありがとうございます(笑)
 
 
 
 NGワードの話は、最近もどこかに書いたような、書いていないような。
 
 定期的に僕の頭の中にフッと湧いてくるキーワードです。
 
 
 
 子どもに対してNGワードを増やしていくと、すなわち、
 
 「そんな言葉を使ってはいけません!」
 
 って言ってみたり、
 
 「そんな汚い言葉を使ってはいけない」
 
 って言ってみたり、
 
 「もうちょっと言い方ないの?」
 
 って言ってみたり。
 
 
 
 言葉は、
 
 ・音
 
 ・意味
 
 に分かれます。
 
 
 
 ここで言っているのは『音』のことですね。
 
 子どもがその言葉を発した時点で、親のNGワードフィルタに引っかかって、子どもを叱る。
 
 「その言葉は使っちゃダメでしょ」
 
 って。
 
 
 
 何がダメなのかっていうと、
 
 「親が、子どもの言葉を聞いていられない」
 
 っていうことね。
 
 
 
 だから、
 
 「その言葉を聞くと、私が何かザワザワする」
 
 「その言葉を聞くと、俺はイラッとする」
 
 みたいな伝え方はありです。
 
 
 
 自分がそう感じているんだから。
 
 でも、社会的なルールというか、マナーというか、躾みたいな言い方で伝えるのは、広範囲に縛りすぎ。
 
 
 
 「私以外のみんなもきっと気分を悪くするはずで、私はそのみんなの代表なのよ」
 
 って言わんばかりの叱り方やけど、それは社会的マナーを身に付けてもらうどころか、子どもの持つ社会が『親子関係』っていうサイズに縮小してしまうだけ。
 
 だって、「親自身がみんなの代表」ならば、子どもにとって、子どもが属する社会を広げる理由は無くなるわけですよ。
 
 親と交流していれば、社会のことがわかるんですから。
 
 
 
 だから、親が「これはみんなもそうなんだよ」って言い始めると、それは子どもに「親子関係以外の外の世界を知る必要は無いよ」って言っているようなもん。
 
 そういう子どもの縛り方をすると、子どもにとっての最大の関心ごとが『親の顔色』になるわけなので、ちゃんと子どもは、自分が見る世界を狭めてくれます。
 
 親のためにね。
 
 
 
 
 
 でも、親としてはそんなの嫌でしょう?
 
 子どもに外の世界を見てほしかったり、色んな価値観に触れて、人間的に大きくなってほしいじゃない。
 
 
 
 だったら、僕らが子どもの言葉で気にするのは、
 
 ・音
 
 でもなく、
 
 ・辞書的な意味
 
 でもありません。
 
 
 
 『文脈的な意味』
 
 です。
 
 つまり、
 
 「子どもがその言葉を使って、何を言おうとしているのか?」
 
 です。
 
 
 
 だから、子どもの話は言葉狩りをせずに、いちいち言葉の一つ一つに反応するんじゃなくて、最後まで話をしてもらう。
 
 子どもが最後まで話し切ってから、こちらが口を開くようにする。
 
 
 
 で、NGワードを見つけたみたいな反応をしたくなったら、魔法の言葉を言います。
 
 「○○って、どういう意味?」
 
 って聞いてみる。
 
 
 
 親が「ん?」って思う言葉は、ほぼ100%、親が意味を取り違えています。
 
 つまり、子どもが伝えようとしている意味と、親がした解釈がズレています。
 
 
 
 この時に、親の解釈を子どもに押し付けてしまえば、子どもの言いたかったことは闇に葬られます。
 
 だから、そんなことせずに、親が違和感を感じる言葉は、封じ込めるんじゃなくて、その文脈的な意味を聞き出すようにする。
 
 
 
 
 「分からない」
 
 「なんとなく、そう思うだけ」
 
 って言われたら、ちょっと食い下がってもいいと思います。
 
 しつこくやると嫌がられるけど(笑)
 
 
 
 「それは、○○っていうこと?」
 
 「じゃあ、××っていう場合はどうなるの?」
 
 「それは、△△っていうことで合ってる?」
 
 「私は、◆◆って思ったんだけど、そういうこと?」
 
 って確認を入れてあげながら、子どもが
 
 「そうそう!そういうこと!」
 
 ってなるまで粘り強くやってみてもいいかもしれません。
 
 
 
 この確認と、「そうそう!それそれ!」ってなれば、ちゃんと意志疎通が取れた、っていうことです。
 
 ここを丁寧にやると、親子関係はめっちゃ良くなります。
 
 あと、夫婦関係もね。
 
 
 
 
 
 最後はこの方!
 
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 お気に入り記事(1つ目)
 
 ◆日付:2017年09月01日
 
 ◆タイトル:「『遊びの解放』とは、「子どもを親 の呪縛から解放すること」です」
 
 ◆良かった点:子供に何とかして、やらせようとしなくても、『子供は大丈夫なんだ』ってことを知っていく。
 
 まさに!
 
 最近、うっすらそう思ってたけど半信半疑でいた事でした…
 
 なんかしなきゃ!なんとかしなきゃ!
 
 親なんだから!
 
 それが、そもそも自分自身が苦しい!
 
 しんどい!って気付いて。
 
 でも、育児放棄にならない?とか。
 
 かといって、放っておくのも違う気がするし…とか。笑
 
 ぐるぐるしていたら佐伯さんのメルマガ!
 
 この記事を読んで背中を押されたような、大丈夫だよ。って、言ってもらったような気分になりました。
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 僕のメルマガはどういうわけか、時折、とてもタイムリーなタイミングで届くことがあるようです(笑)
 
 でも、それは理屈はすごくシンプルなんです。
 
 
 
 僕のメルマガの読者は1400人以上いるわけで、僕がパッと思ったことを書けば、その中の1人くらいの状況には確率的にヒットするんです。
 
 だから、今日も誰かのタイムリーな話にヒットしているはず(笑)
 
 
 
 占い師がやるコールドリーディングと同じ理屈ですね。
 
 「あなた・・・健康に不安がありますね?」
 
 「それから、人間関係にも悩みを抱えているでしょう!?」
 
 「さらに、家族の関係にも、何か問題がありそうな・・・」
 
 って言えば、大体、みんなそれくらいの悩み、持っているから、
 
 「え!!なんでわかったの!?」
 
 ってなるんです(笑)
 
 
 
 僕の記事は、めちゃくちゃニッチな話を書いているわけじゃなくて、どちらかと言えば、よくある話を書くようにしてます。
 
 ということは、それだけ色んな人にヒットしやすい。
 
 タイムリーに感じやすいのは、そんな理屈です。
 
 それはつまり、色んな人が陥りやすいこと、っていう話でもあるわけですね。
 
 
 
 
 
 で、これは僕の思い込みが強すぎる考えかもしれませんが、
 
 「親子の悩みの全ては、親の『何とかしなきゃ!!』から生まれる」
 
 なんて思っていたりします。
 
 
 
 その『何とかしなきゃ!』の原因は、
 
 ・テレビからの情報(虐待や、育児放棄、少年犯罪などのニュースや、教育番組など)
 
 ・本や、セミナーなどの偉い先生の言葉(権威に服従しちゃう)
 
 ・ママ友、自分の親からのアドバイスや、注意など
 
 ・自分が育ってきた環境での『当たり前』(これも元は世間体で作られる)
 
 みたいな『世間体』から来ることが多いんじゃないかな。
 
 
 
 でも、実際、子どものことで何とかしなきゃいけないケースは、
 
 ・命の危険が迫っている時
 
 くらいじゃないかなぁ。
 
 
 
 一人目のところで書いた「砂糖とか、添加物NG!」みたいな話も何ともしなくても大丈夫だし、学校のことや、成績のこと、進路のことも何とかしなくても大丈夫。
 
 昼夜逆転しても、子どもがイライラしてても、ゲームオタクでも、引きこもってても、大丈夫。
 
 スマホいじって毎日ゴロゴロしてても大丈夫。
 
 
 
 例えば、子どもがスマホいじって毎日ゴロゴロしてたら、
 
 「ヤバい!」
 
 「何とかしなきゃ!」
 
 「このままではマズイ!!」
 
 って思うじゃない?
 
 
 
 これは僕の持っている仮説なんですけど、スマホには中毒性があるって、言うじゃないですか。
 
 その中毒性は「スマホ自体にある」って思われていますよね。
 
 
 
 でも、これ、違うと思ってて。
 
 僕は、スマホにある中毒性は、
 
 『罪悪感』
 
 だと思うんですね。
 
 
 
 スマホいじっていると、親に叱られたり、注意されたりするんです。
 
 テレビを観ると、たまに「子どものスマホ依存が問題だ!」とかやっていたりする。
 
 学校からも「スマホの時間に気を付けましょう」なんて言われる。
 
 
 
 で、子どもは『スマホ=悪いもの』っていう思想に毒されていく。
 
 そしたら、スマホをいじるたびに、親からの叱責とか、テレビでやってた問題視とか、学校からの注意とかが思い浮かんでくる。
 
 その思い出したことは、子どもの『罪悪感』に繋がっていきます。
 
 
 
 で、ここが心理で最も重要なことの一つ。
 
 「罪悪感には、中毒性がある」
 
 っていうこと。
 
 
 
 つまり、「ダメと分かっててもやってしまう」っていうことを人は繰り返すんじゃないかな、って思うんです。
 
 これは僕の仮説ね。
 
 
 
 親が、「ダメだ」と思いながら、子どもを怒鳴り続けたり。
 
 医者から注意されておきながら、お酒を飲み続けたり。
 
 太ると分かっていながら、ついつい食べてしまったり。
 
 入ってはいけないと言われているところに、ついつい入ってしまったり。
 
 やらない方がいいと分かっているのに、自分を責めてしまったり。
 
 
 
 僕は、「ダメだと分かっているもの」すなわち、「罪悪感を感じるもの」には、ついついやっちゃう、続けちゃう中毒性があるんじゃないか、って思っています。
 
 だから、親が
 
 「スマホは悪いもの!」
 
 「ゲームは悪いもの!」
 
 「ネットは悪いもの!」
 
 って思い続けていれば、子どもは少なくとも家の中では、それらをやり続ける。
 
 
 
 その中毒性は、スマホや、ゲームや、ネットにあるんじゃなくて、
 
 「周りから、ダメだと言われていること」
 
 にあるんじゃないか、って思っています。
 
 
 
 で、スマホも、ゲームも、ネットも、基本的に快楽を与えてくれるし、無条件で味方ではいてくれるから、その世界に子どもは居留まり続ける。
 
 お酒も、たばこも、パチンコも、その他依存性があるものも、全て、世間で悪いものとされているからこそ、ハマるんじゃないかな、って思う。
 
 
 
 つまり、悪いとされているものにハマると、味方がいなくなるわけだ。
 
 で、味方はその「悪いとされているもの」だけになる。
 
 
 
 心配されたり、不安がられたり、注意されたり、叱られたりすることを
 
 「気にかけてやっているから」
 
 「愛してやっているから」
 
 「本気でお前のことを考えてやっているから」
 
 なんて言うことがあるけれど、そんなの相手からしたら、
 
 「嘘つけ!」
 
 って話で。
 
 
 
 周りの人からの愛情が感じられなくなり、次第に、「悪いとされているもの」以外には楽しみがなくなってしまって、それに依存してしまう。
 
 だから、決して、最初は「悪いとされているもの」そのものに依存的な要素は無かったと思うんです。
 
 ただただ、本人は、今までにたくさん勇気がくじかれてしまった結果なんじゃないか、って。
 
 
 
 
 
 
 なんでかっていうとね。
 
 心理的な手法を使えば、意図的にトラウマを作ることができます。
 
 
 
 たばこを吸おうとする ⇒ トラウマ発動
 
 ゲームをしようとする ⇒ トラウマ発動
 
 スマホをいじろうとする ⇒ トラウマ発動
 
 
 みたいな。
 
 
 
 親が子どもにやる「早くお風呂に入らないと、お化けが出るぞ!」っていうのも似たようなもんですね。
 
 本人が恐怖を感じるものを「悪いとされているもの」に植え付けちゃって、「悪いとされているもの」に触れようとするたびに、その恐怖が湧き起こるようにしちゃう。
 
 それが心理的な手法によって、意図的に作れるんですね。
 
 
 
 で、トラウマを作ったとします。
 
 それで、たしかに「悪いとされているもの」への依存は止まります。
 
 というか、触れようとするたびにトラウマが発動するので、依存できなくなります。
 
 
 
 大切なのはここからです。
 
 「触れようとするたびに、トラウマが発動する」
 
 っていうのって、
 
 「飢餓状態の時に、ご飯を食べようとしたら、全部腐ってた」
 
 みたいな状態なんです。
 
 
 
 想像してみてください。
 
 ・もう1週間もご飯を食べていない状態
 
 ・ようやく食料を見つけて、すごく嬉しい気持ちが湧いてきた
 
 ・と思ったら、その全てが腐ってて、カビが生えてて、虫も湧いてた
 
 っていう状況になったら、どんな気持ちになるでしょうか。
 
 
 
 本人がハマっているものにトラウマを植え付けるのって、こういう感じのイメージです。
 
 おそらく発狂するし、絶望するし、泣き崩れるでしょう。
 
 生きる気力すら湧いてこなくなるかもしれません。
 
 
 
 なんでこんなことが起こるのか?っていうと、救いが無いんですよ。
 
 本人にとっての救いが。
 
 
 
 何とかして依存しているものをやめさせたところで、
 
 ・絶望する
 
 か、
 
 ・また別の依存するものを見つける
 
 か、
 
 ・再発する
 
 か、です。
 
 
 
 じゃあ、どうしたらいいのか?っていうと、着眼点を変えるんです。
 
 「ようやく見つけたご飯にカビを生やしておく」(=何とかしてやめさせる)
 
 っていうのじゃなくて、
 
 「飢餓状態を何とかしてやる」
 
 っていうものです。
 
 
 
 
 
 
 
 で、子どもの場合は、大抵の場合、
 
 ・親子関係
 
 ・家庭環境
 
 に目を向けてみれば、そこに答えがあることが多い。
 
 
 
 例えば、親が熱烈に「ゲームは絶対ダメ!!」ってやっているから、子どもが批判されたように感じている、とかね。
 
 親にスマホいじるたびに、ごちゃごちゃ言われるから、ストレスになっている、とかね。
 
 
 
 こういうのを繰り返していると、親がどんな気持ちで、どんな想いを持っているのかに関係無く、子どもは愛情を感じられなくなります。
 
 それで、スマホや、ゲームの中にだけ、救いを求めます。
 
 そして、生きる気力を徐々に失っていき、見るからに無気力な子どもが出来上がり、っていうわけです。
 
 
 
 さっきのトラウマのくだりで言えば、飢餓状態が出来上がったわけですね。
 
 で、さらにここでご飯にカビを生やそうとするんなら、子どもには絶望しかありませんよね。
 
 
 
 だから、こういう時の解決策は、
 
 ・親の愛情がちゃんと子どもに伝わるコミュニケーションに切り替える
 
 ・子どもが安心した気持ちでいられるような家庭環境に改善する
 
 のどちらか、もしくは、両方です。
 
 
 
 そしたら、子どもは
 
 ・ゲーム”だけ”
 
 だったのが、
 
 ・ゲーム”も”
 
 になります。
 
 
 
 ゲームもやるんだけど、それ以外にも興味を示し始める。
 
 時には、ゲームに飽きてしまうことだってある。
 
 
 
 
 
 
 
 で、子どもの問題は、たいてい親の問題視から来ているから、その問題視をやめてやることで、良い方向に向かっていきます。
 
 だから、『遊びの解放』が大事だよ、って言い続けているんです。
 
 
 
 それで、自分が親から受けてきた呪縛すら、解放できちゃう時もあります。
 
 ちょっとの勇気で、ものすごい効果があるんです。

佐伯コメント

このコメントを書く時に、読み返すんですけど、、、
この記事はさすがに、長いですね(笑)

 

親子のコミュニケーションで、「お風呂に入らないと、お化けが出るぞ」的な脅迫的なやり方はよく使う人もいるんじゃないかしら。
恐怖心を煽って、子どもの行動を促そうとするの。

 

僕らがやりたいのは、「子どもを脅かしてお風呂に入れること」じゃなくて、「子どもにお風呂を楽しみに思ってもらって、自分から入ること」よね。
お風呂に入ることがワクワク楽しくなれるような工夫をしたいですね!